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Q30 宇宙エレベーターが登場したマンガ作品を教えてください。

ネタバレにご注意ください(文中敬称略)。

A30 小説に関する返答で紹介した『楽園の泉』や『星ぼしに架ける橋』のような、いわば”軌道エレベーター1号塔”の建造をメインテーマとした作品を、仮に「建造もの」などと呼ぶとすれば、コミックにおける「建造もの」の筆頭は、『まっすぐ天(そら)へ』でしょう。『軌道エレベーター―宇宙へ架ける橋―』の著者で宇宙エレベーター協会名誉会員でもあった、故・金子隆一が監修を務めており、極めてリアルで科学的好奇心を満たしてくれる力作です。

本作で何よりも興味をそそるのは、軌道エレベーター(作中では「軌道エレベータ」)を、デブリ問題の解決に活かそうというアイデアです。軌道エレベーターは、赤道上で地球の自転と同期して周回する、巨大な静止衛星です。一方デブリは、由来となる宇宙活動による制御を離れ、バラバラな高度・軌道を周回しています。衛星軌道上のすべての天体は赤道上を通るため、わずかな例外を除くあらゆるデブリが、遅かれ早かれ赤道上に建っている軌道エレベーターに衝突します。

本作ではその状況を逆手にとり、飽和状態にあるデブリを軌道エレベーターによって除去してしまおうという発案がなされます。ただ待っていれば、デブリ(同期軌道とエレベーターの全長を超える高度を周回するものは除く)の方から接触してくるため、受動的にデブリの掃除ができるという、この発想は本当に素晴らしい。

現在、アームやネット、テザーなど備えた衛星でデブリを回収または除去する研究も進んではいますが、この方法は対象の優先順位を決めて能動的に除去しなければならず、またその回収行為自体もデブリを生み出す可能性もあります。本作を読めば、デブリ問題を真に解決しうるツールは軌道エレベーターをおいてほかにないということを、読者は理解することでしょう。
ただし、これは運用中の「生きている人工衛星」にも当てはまることであり、軌道エレベーターの存在は、衛星の運用に大幅な見直しを迫ることになる。このことが、実現を遠のかせる圧力となって働きます。物語はここで中断していますが、監修の金子氏が亡くなった今となっては、続編を望むことは難しいかもしれません。 著者は金子氏に生前、インタビューをしたのですが、金子氏は本作の展開に不満を感じており、続編構想が活かされることがなかったとのことでした。ストーリー自体は読み応えのある熱いドラマであるだけに惜しまれます。
本作は基礎知識とオリジナリティがバランスよく同居しており、「建造もの」としてのクオリティは『楽園の泉』以来かもしれません。また、この四半世紀の間の新たな科学的知見を反映させている点も必見。このような作品が生まれたことは、日本のコミック界のポテンシャルの大きさを示していると思います。

その他「建造もの」
このほかに、建造をストーリーに取り込んだ作品としては、『超人ロック 冬の虹』などが有名どころでしょうか。長い時代を生き続ける超能力者が主人公の、30年以上にもわたる長寿シリーズの一篇です。物語の見せ場そのものは、建造をめぐる攻防ですが。
このシリーズの大半の作品は、恒星間に人類が進出した社会が舞台ですが、本作は描かれたのは近年ながら、時系列的には最初期に当たるもので、人類の宇宙進出の要として、軌道エレベーターが造られていく様子が描かれています。軌道上から吊りおろしてきたケーブルを、成層圏プラットフォームらしきものが磁力でキャッチする場面では、

「先端は超音速で振動している。そんなものがここ(筆者注・地上)まで降りてきたらどうなるか、想像してごらん」(句読点筆者)

などといったやりとりが興味深いです。ただし衛星から垂らしたこのケーブル、全長が8000㎞しかないそうで、地上と同期しないのでは、と疑問点も散見されます。
とはいえ作中には、シリーズの後の時代で重要になるキーワードや人物などが出てきて、シリーズの愛読者の心理をくすぐる一作でもあります。しかし、ロックがSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)出身というのは、ちょっとイメージが崩れました。

昭和期スーパーロボットの正当なる後継者・エグザクソン
主人公が巨大ロボットに搭乗して異星人と闘う『砲神エグザクソン』には、地球に植民した異星人の技術により、ハワイ沖に軌道エレベーターが建造されます。エレベーターが描かれるシーンは非常に多く、終盤まで重要な舞台となりますが、異星人が重力も慣性も制御できる技術を有しており、この環境で軌道エレベーターがどれほどの効率を発揮するのかは、はなはだ疑問ではあります。
しかし、この際エレベーターは放っとこう。ストーリーがとにかく熱い!ついでにエロい!全長約150mのエグザクソンが直径4mの砲弾を発射し、巨大な衝撃波で周囲の街を破壊しながら、日本から「エレベーター・ベース」(地上基部)の敵を超長射程で砲撃したり、敵ロボットとガチンコの格闘を繰り広げたりと、スケールの巨大な戦闘シーンが満載です。

大艦巨砲主義を人型にしたと言わんばかりのエグザクソンは、武骨かつ重量感たっぷりで、昭和40年代生まれの私のような世代には昔の『ジャイアント・ロボ』(TV版。1967年)などを思い浮かべてしまうのです。胸部の主砲は『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)の波動砲を意識しているとのことで、昭和世代の魂をくすぐる要素が多い。人気を呼んだ映画『パシフィック・リム』(2013年)は、『鉄人28号』(アニメ初作は1963年)など日本アニメがルーツだと話題になりましたが、あの巨大感や、金属感タップリの兵器と怪獣のぶつかり合いと同じ系譜の上にあるのは、まさしく本作ではなかろうかと思います。

軌道エレベーターのある日常
大石まさるの『空からこぼれた物語(ストーリー)』や続編の「水惑星年代記」のシリーズは、軌道エレベーターを描いたコミックの中でも異色作。スクリーントーンをほとんど使わない独特のタッチで、登場人物の関わり合いや喜怒哀楽を描いたドラマです。
ロケットの定期便なども多用され、一般市民の移動圏が宇宙に広がっている時代のようですが、下町・田舎町を多く描いており、人々の生活は現在とほとんど変わりません。科学的整合性は不明ですが、軌道エレベーター「スカイラーク」の勤務員が木造住宅の実家に里帰りしたり、少女が絵を描くためにステーションの展望台に行ったりと、軌道エレベーターはあまり特別扱いされていない様子。少年が天体望遠鏡でスカイラークのステーションを見るシーンなどは、なるほど、こういう日常にもなろうと思わせるものがあります。
SFとファンタジーの間で針が振れつつ、最後はゆっくり時間が流れる日常に戻ってくるような雰囲気の作品です。なぜか『じゃりン子チエ』(1978年)の雰囲気を思い出しました。
『ほしのうえでめぐる』は、「明星」という名の軌道エレベーター(作中では「宇宙エレベーター」)が建造途上にあり、上述の「建造もの」とも言えなくもないのですが、ストーリー構成は「水惑星年代記」に近く、明星に直接・間接に関わる人たちの、恋や絆を描いたオムニバスストーリーです(作者は「萌えマンガじゃない」と言っているけど、思いっきり萌え系ではなかろうか)。明星そのものの科学的な整合性はほとんどなく、象徴にすぎませんが、隠された機能があり、一風変わった意味を持っているのは興味深い特色かもしれません。地球外生命なども関係してきます。

『銃夢』の空中都市
異世界色が強いのが、四半世紀を超える長寿シリーズ『銃夢』。『北斗の拳』(1983年)と映画『ブレードランナー』(1982年)を合わせたような、サイボーグやアンドロイドがたくさんいる、不衛生で無秩序な無法地帯「クズ鉄町」が舞台。上空には空中都市「ザレム」が浮かんでおり、実はこれが軌道エレベーターの下端に相当します。

ザレムは地上と「チューブ」でつながれていますが、チューブは資源輸送用のパイプであり、係留用の綱の役割を果たしているのか疑問です。ちなみに下界の者がチューブを昇ろうとすると、「ネズミ返しの防御リング」(カミソリの付いた巨大な指輪のようなものを想像していただきたい)が滑りおりてきて、八つ裂きにされてしまう。なんと非情な!
ザレムがつながっている軌道エレベーターは全長が1200㎞しかなく、通常の静止軌道エレベーターの力学的要件を満たしていません。高度600㎞で「軌道リング」につながっており、続編の『銃夢 Last Order』によると、リングが流体循環で高度を維持していて、それによってザレムの構造が支えられているそうです。
ストーリーはアクションあり、人間ドラマあり、凝ったSF設定あり、哲学的要素もありと、読み応えは十分。主人公ガリィの苦闘には心震わせるものがあります。続編では、ガリィがザレムを昇って宇宙へ行く様子や、軌道エレベーターが建造される過去の歴史も明かされていきますが、まだ終了しておらず、長い付き合いになりそうです。完結編が連載中で、ぜひ終わりまで見届けたいものです。
ハリウッドで映画化が決まりましたが、原作の要素がほとんど残っておらず、軌道エレベーターも出てくるのか不明です。

人類でも異星人でもない存在が軌道エレベーターっぽいものを造る『緑の王』
傑作コミック『スプリガン』(1987年)と同じ原作者による『緑の王VERDANT LORD』では、突然植物が爆発的に増殖して文明を呑み込んでいき、さらに意思を持って動く植物が人類を蹂躙します。やがてその植物群がケーブル垂下用衛星に相当するものを打ち上げ、宇宙に到達する柱を造り上げてしまいます。

「机上の空論と言われ続けてきたものが目の前にあるのか…
植物に先を越されてしまうとは……正直 感動的だ……」(8巻)

作中ではこれを「軌道エレベーター」と呼んでいますが、厳密に言えば昇降機がないのでただの柱にすぎません。構造原理の説明にも間違いが見受けられます。しかしながら、十分に成長した”軌道エレベーター”に動く植物群が集まって昇り、最後にはどういう力学的仕組みかわからないが、根元からちぎれて惑星間の播種(種をまく)行為に至るという、スケールの大きい展開を迎えます。

最近の作品
このほか、少年マガジン(講談社)で連載中(2014年4月現在)の『UQ HOLDER!』には、未来の日本に「日本軌道エレベーター・アマノミハシラ」が建造されており、上の方で「太陽系オリンピック」が開かれているとのこと。4年ごとに会場が移らんのか。ちなみにアマノミハシラの1回の利用料は420万円也。現在よりインフレが進んでいないとしたら、「一度くらい無理して払ってみようか」と思わせるくらいの、庶民の足元を見た値段設定ですね。

コミックの諸作品を見たとき、映像作品と違って軌道エレベーターの巨大感を表現するのが、なかなか難しいようです。その制約の中でどれだけ見せ、新しいアイデアや使い方を盛り込んで楽しませてくれるか、さらなる意欲作を待望しています。(軌道エレベーター派)

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